In meiner Arbeit werde ich aller Voraussicht nach den Eingangsmonolog von Faust (“Nacht”) in der Übersetzung von Ōgai Mori Rintarō und Guo Moruo untersuchen. Da Moris Übersetzung nicht in der Originalfassung im Internet zu finden ist, habe ich sie hier einmal für Interessierte bereitgestellt:
はてさて、……
悲壯劇の第一部
夜
狹き、ゴチツク式の室の、高き圓天井の下に、フアウストは不安なる態度にて、卓を前にし、椅子に坐してゐる。
フアウスト
はてさて、己は哲學も
法學も醫學も
あらずもがなの神學も
熱心に勉強して、底の底まで研究した。
さうしてこゝにかうしてゐる。氣の毒な、馬鹿な己だな。
その癖なんにもしなかつた昔より、ちつともえらくはなつてゐない。
マギステルでござるの、ドクトルでござるのと學位倒れで、
もう彼此十年が間
弔り上げたり、引き卸したり、竪横十文字に、
學生どもの鼻柱を 撮まんで引き廻してゐる。
そして己達に何も知れるものではないと、己は見てゐるのだ。
それを思へば、殆どこの胸が焦げさうだ。
勿論世間でドクトルだ、マギステルだ、學者だ、牧師だと云ふ、
一切の馬鹿者どもに較べれば、己の方が氣は利いてゐる。
己は疑惑に惱まされるやうなことはない。
地獄も惡魔もこわくはない。
その代わり己には一切の歡喜がなくなつた。
一廉の事を知つてゐると云ふ自惚もなく、
人間を改良するやうに、濟度するやうに、
教へることが出來ようと云ふ自惚もない。
それに己は金も品物も持つてゐず、
世間の榮華や名聞も持つてゐない。
此上かうしてゐろと云つたら、狗もかぶりを振るだらう。
それで靈の威力や啓示で、
いくらか祕密が己に分からうかと思つて、
己は魔法に這入つた。
その祕密が分かったら、辛酸の汗を流して、
うぬが知らぬ事を人に言わいでも濟もうと思ったのだ。
一體この世界を奧の奧で統べているのは何か。
それが知りたい。そこで働いている一切の力、一切の種子は何か。
それが見たい。それを知って、それを見たら、
無用の舌を弄せないでも濟もうと思ったのだ。
あゝ。空に照つている、滿ちた月。
この机の傍で、己が眠らずに
眞夜中を過したのは幾度だらう。
この己の苦をお前の照すのが、今宵を終であれば好いに。
悲しげな友よ。さう云ふ晩にお前は
色々の書物や紙の上に照つてゐた。
あゝ。お前のその可哀らしい光の下に、
高い山の背を歩くことは出來まいか。
靈どもと山の洞穴のあたりを飛行することは出來まいか。
野の上のお前の微かな影のうちに住むことは出來まいか。
あらゆる知識の塵の中から蝉脱して、
お前の露を浴びて體を直すことは出來まいか。
あゝ、せつない。己はまだ此牢室に蟄してゐるのか。
こゝは咀はれた、鬱陶しい石壁の穴だ。
可哀らしい空の光も、こゝへは濁つて、
窓の硝子畫を透つて通ふのだ。
此穴はこの積み上げた書物で狹められてゐる。
蠧魚しみに食はれ、塵埃に掩はれて、
圓天井近くまで積み上げてある。
それに煤けた見出しの紙札が插んである。
此穴には瓶や罐が隅々に並べてある。
色々の器械が所狹きまで詰め込んである。
お負けに先祖傳來の家具までが入れてある。
やれやれ。これが貴樣の世界だ。これが世界と云はれようか。
貴樣はこんな處にゐて、貴樣の胸の中で心の臟が
窮屈げに艱んでゐるのを、まだ不審がる氣か。
あらゆる生の發動を、なぜか分からぬ苦が
障礙するのを、まだ不審がる氣か。
神は人間を生きた自然の中へ
造り込んで置いてくれたのに、
お前は烟と腐敗した物との中で、
人や鳥獸の骸骨に取り卷かれてゐるのだ。
さあ、逃げんか。廣い世界へ出て行かぬか。
こゝにノストラダムスが自筆で書いて、
深祕を傳へた本がある。
貴樣の旅立つ案内には、これがあれば足りるではないか。
そして自然の教を受けたなら、
星の歩がお前に知れて、
靈が靈に語るが如くに、
貴樣の靈妙な力が醒めよう。
いや。こうして思慮を費して、
この神聖な符を味つてゐたつて駄目だ。
こりや、お前達、靈ども。お前達は己の傍にさまよつてゐよう。
己の詞が聞えるなら、返事をせい。
(書を開き、大天地の符を觀る。 )
訳:森鴎外
(Wird fortgesetzt) (続く)